大学院を修了したので大学生活を振り返る

あ~

この後おなか崩壊しました
大学院(修士課程)を修了しました。
学部のころから合わせれば4+2=6年大学にいたわけで、ついにそこから出ていくわけです。
もちろん博士課程やそれ以上のために大学に残ることもできるわけですけど、私は普通の人間なので日本人の大多数がそうするように修士で卒業してこの春から就職することにしました。
しかし、もちろんもっと長い人からすると短いでしょうけど、6年も大学にいるとなんだか感慨深いものがあります。
このブログを始めたのも、もともとやってたミニブログサービス(はてなハイク懐かしい)が終了して、新天地を探して始めた大学入学したころで、懐かしいなと思って読み返したりしていたんですけど、本当に懐かしいです(なんとか構文)。
読み返しただけで大学に入学した当時のこととかふつふつと思い出せました。
つけててよかったブログ(?)
そんなわけでせっかくなので大学(院)の思い出とか振り返って書いておこうかなって思います。
よかったらお付き合いください。
- 脱ニートしたと思ったらまた引きこもりにさせられたB1~3
もともと私は中学不登校だったり高校を中退してニートしていたりしたダメ人間だったわけですが、なんやかんやあって大学に行くことになりました。
年齢にして同世代から+3年でした。
つまり三浪…なわけですが浪人というのは高校を「卒業」した人が年齢を重ねて大学に入学する場合使える概念なので、高校を中退してニートしていた私は三浪ではないですね!
つまり謎の存在です!、あ、人に説明するときは面倒なので三浪って言ってますけど…
というわけで三浪で入学して、周りよりお兄さんか~(爆笑)とか思いながら友達出来るかな~とか勉強ついていけるかな~とか心配だったわけですよ、
で、結局学部一年生(今後B1とか使いますBは学部、Mは修士です)のうちは持ち前の人見知りコミュ障を発揮して特にサークルにも入れず友達もできず勉強についていくのに必死で終えました。
ブログ見返していると4月のアクティブさがすごいですね…
ポケモンGOにはまっていたのでいろんなところに出かけていろんなポケモンを集めていましたね。
勉強に対するやる気もすごくて、一週間に20コマくらい、はさすがに盛ったか、とにかくたくさん授業とったりして、めちゃくちゃでしたね…
いまではすごい怠け者ですけど。
サッカーの授業があって、僕がへたくそすぎてチームメンバーに嫌われまくってたのが懐かしいです。
そしてB2にあがったタイミングでコロナ渦になっちゃって、大学は登校できなくなりました。
授業がオンライン化してのんびりしていました。
ただ、別に悪いことばかりではなくて、そもそも大学から家が遠かった(実家からぎり通えたので実家通い)ので交通費や通学時間が浮いたりしてよかったです。
授業自体はグループワークとかゼミみたいなのが増えて、人と関わる機会はむしろ増えていきました。
B3もほぼオンラインで終わりました。
趣味はブログにお絵描き乗っけたりポケモンやったりモンハンやったりって感じでしたね。
それとプリコネとかウマ娘か。
あと体重増えたのでやせようとしてダンスのゲームしたり。
最近すっかり戻っちゃったのでまた始めました。ダイエット。
B1~3(2019~2021)の間はブログにも結構残ってるのでうっすい私の人生に興味がある人は良かったら見たらいいんじゃないでしょうか。
- 地獄のB4
そして、問題はB4からです。
大学生活もいよいよ後半戦。
私の通っていた大学は、B4から研究室に配属されます。
バイトやサークルなどやらなかった私にとって初めて組織に所属するという経験だったかもしれません。
B4になると所属する研究室の選択を迫られました。
僕は特にやりたいこともなく生きてきたのでいろんな選択肢の中から特にやりたいこともなく…
なんとなく天邪鬼を発揮して人気のなさそうなところを選びました。
なんか、僕の代からB4の学生を取り始めるよ!(もともと大学院生や研究員はいた)みたいな研究室で、今なら1期生になれるとか言われるとテンション上がるじゃないですか。
あとはその直前に受けたトウイックの点数が思ったより良くて、英語を生かしてなんかしたいと思っていまして、外国人の人の多い研究室がいいかなと思ったんです。
ちょうどそこは外国の研究員や留学生の方が多かったので、そこに入ることにしました。
この選択を何度後悔したかわかりませんが、おかげで就職も決まりましたし、それにたくさんの人と出会えもしましたし、今ではよかったかなって思っています。
ただ、B4の間は本当に苦痛でした。
研究室に全くと言っていいほどなじめませんでした。
初めて所属する組織というものにどうしていいのかわからず、先輩とはこれまでと同じくもともとコミュ力皆無なので全然話せないし、そもそも自信があった英語力も全く通用せず、コロナ渦の余韻も残っていたので研究室に行かない日が続いたりすると教授に文句をつけられたりして最悪でした。
同じB4の同期もいるにはいたのですが、人気のない研究室ということもあって大学の成績の悪い留年生が定員割れしているウチに押し付けられ、そもそも研究室に全然来ない人たちばかりであんまり仲良くはなれませんでした。
その中で一人すごい留学生の方もいたのですが、学部就職するということで僕が院試勉強をしているうちに研究をぱっぱと終わらせちゃって研究室に来なくなり、卒論発表の日以外特に会いませんでした。
研究室では研究の進捗を毎週ミーティングで報告するのですが、それも英語でやらされ、自分でも何言ってるのか何やってるのかわからないしで最悪でした。
一週間の中でその曜日は3年間本当に憂鬱でした。
僕の研究にはポスドク(大学の研究員)の先輩が付いてくれていたのですが、その人がなんとインドの方で、僕のつたない英語でなんとかやり取りしていました。
インドの癖の強い?英語が全然わからなくて何度も聞き返したりして迷惑もかけたと思います。
B4のうちは本当に仕事のことばかりという感じでとくに仲良くもなれなかったのですが、僕がM1になってからは少し仲良くすることができ、最後には一緒にご飯に行ったりもできました。
ただ、教授とはそこまで仲が良かったというわけでもなく、僕がM1の途中にやめていってしまいました。
僕には本当にやさしくしてくれた方だったので、研究の先輩を失ったこともあってショックでした。
B4のうちはその先輩の指導を受けつつ、研究室に行っては誰ともしゃべらず適当に研究して帰るみたいな生活を繰り返していました。
とにかくモチベーションが低かったのですが卒論もなんとか仕上げ、なんとか卒論発表もして大学を卒業できました。
同期のうち1人はその年に卒業できず、翌年卒業していましたが、もう1人はそのまま失踪していなくなりました。
なんというか本当にひどい研究室だなと思ったのを覚えています。
外国人が多いしやっぱりみんな陽キャなのかな!?
僕も陽キャになっちゃうかも!
とわくわくしていましたが、実際は真逆で、研究室も常に殺伐としていて会話が一切ない。
とにかくたくさんの人が辞めていきました。
学部を卒業するころには僕もどうしようかと迷うほどでした。
既卒で就職しようかとも思いましたが、年齢やスキル的に厳しいこともわかり、
ただ大学院入試には合格していたので、研究室をなんとかして変えれないかとも思いましたが結局何もできず、研究室に残ることになりました。
- 転機のM1,M2
院進せず就職する道も考えましたがそれが厳しいことがわかり観念して大学院に入学し、M1としてもう一度研究室生活が始まりました。
ここから私の人生が大きく変わったと思っています。
と書くとなんかやばいあれっぽいですが、別に普通です。
普通の人からすれば普通に学生生活を送ってきただけのことだと思います。
ですが、B4まで中学不登校、高校中退だったり大学入ってからもろくに友達も作れず生きてきた私にとって、そこからの生活は本当に充実したものでした。
もちろん研究室って、世にいうブラック研究室みたいなパワハラやアカハラが横行してメンタルがやられるようなこともありますし、僕の研究室もその傾向があったかもしれません。
実際研究室やめたがってますし、その後もやめたくなったことも何回かあったんですが…
ただ、それ以上に私にとって本当に最高の環境だったと今では思います。
ブログの更新がここ2年間少なかったんですが、その理由もリアルの方が本当に充実していたからで、ブログの更新に割く時間なんてほとんどなかったからなんです。
M1に入ってから人間関係が大きく変わりました。
内部進学したM1は僕一人だけだったんですが、外部進学で2人のM1が入ってきました。
一人は日本人の人で、M1のうちはそこそこ仲良くしていたんですけど、M2に入ってからはちょっと怪しい団体に入っちゃってあんまり研究室で会わなくなりました(けどなんとか卒業していました)。
ただ、M1のときの僕を支えてくれた大事な人だったので、本当に感謝しています。
もう一人は中国人留学生の方で、この人とは何度もご飯に行ったり研究室で話したり遊んだりしました。
中国人の方ですが日本語がうまくて、すごかったです。
そして新しく入ってきた後輩たちです。
外部の人間ばかりだった研究室で、貴重な内部生の後輩のB4が入ってきたわけです。
話題も通じやすいしなにより外国人ばっかりの研究室にいる貴重な日本人だったのでいっぱいくだらない話をしました。
あんまりそういうのもどうかと思うんですが、なんだかんだで同じ国の人、言語が通じる人が一番安心するんですよね、きっと。
コミュ障で気色悪い先輩で、とくに僕も優秀ってわけでもなく研究の手伝いもほとんどできなかったので、どう思われてたのか、本当に申し訳ないんですが、後輩たちもいろいろと遊んでくれました。
初めてカラオケ行ったり焼き肉行ったりボーリングしたり変わったもの食べたり…
今までろくに友達と遊んだりした経験のなかった私にとって本当に貴重な経験でした。
去年まで殺伐としていた研究室もいろんな人が入ってきて、にぎやかになりました。
留学生や海外の研究員の方との交流もたくさんありました。
一緒に出掛けたりご飯を食べに行った留学生の人たち、
英語が下手でろくに会話のできなかった僕をご飯に誘ってくれた海外研究員の方には感謝しかないです。
ハイスピード英会話についていくのに必死でしたけど楽しかったです。
大学生活で一度も呼ばれなかった僕の下の名前を唯一呼んでくれた海外研究員の方(人を名前で呼ぶ文化があるから?)
思い出しただけで泣けてきますね…
M2になってからはもちろん新しく入ってきたB4との交流もありました。
帰りの電車が一緒だったのでよく教授の愚痴を言いあいながら帰ったもんです。
同じパワハr…厳しい教授のもとで耐え抜いた留学生の先輩とも熱い友情を交わしました。
本当に本当に最高でした。
ってなんか小学生みたいな感想ですが、あんまり詳しく書きすぎるとなんかやばそうじゃないですか。
思い出は僕の心にとどめておきたいと思います!!!
肝心の研究は…自分はダメ学生でしたので特に成果も残せませんでした。
ぎりぎりの研究でしたが私にとっては卒業できればよしです。
一度だけ査読なしの国内学会で発表しただけです。
でもそれはそれで貴重な思い出ですね。
研究はダメダメだったので向こうからしたらさっさと追い出したくて仕方なくて、やっと出て行ってくれるか!とか思ったかもしれませんが、
とにかく僕にとっては今まで生きてきた人生の中で間違いなく一番充実した時間でした。
就活とかももちろんありましたがそれは別の記事に書いたのでそちらでどうぞ。
さて、月日はあっという間に流れ、ついにM2終盤、修論は先述の通りギリギリでしたがなんとか終え、発表も終え、卒業式。
卒業式は小学校以来でした。
小学校だけは不登校とかにもならず、まともに通えて卒業式も出たのを覚えています。
中学は不登校、高校は中退したので卒業式には出ず、
大学学部もB4の終わりは不登校だったし大学院進学するかもだったので出ず…
ということで久しぶりの卒業式で感動するかと思いきや、特にそんなことはなく普通でした。
よくある成績優秀者の表彰とか大学総長のスピーチとか。
あの特別感ある服とか帽子とかかっこいいですよね。
僕は久しぶりにちゃんとしたスーツを着て出ました。
太っちゃって見た目も不格好ですが、せっかくなのでなんとか様になる格好をしました。
オーケストラの演奏はいいもので、入学式では近くで聞けて感動したんですが卒業式では院生の席はステージ席で遠くあんまり感動せず…
卒業式の後は学位記を受け取って、それからなんとなく研究室に向かいました。
そこではカメラを持った博士卒業の方の親御さんが待ち構えていて、研究室のメンバーで写真を撮ることになりました。
学位記を持って研究室のメンバーととる写真は、話したこともない人もいればもちろん仲良かった人もいて、なんだか感慨深かったです。
ただよく見れば学位記に僕の生年月日が書いてあって、多浪なのがバレバレでいやですね(誰も気づくな)。
きつかった毎週の進捗ミーティングも最後には一応今までありがとうございましたというと教授のほうもいままでハードワークをありがとうみたいなことを英語で言ってました。
結局最後まで英語力には自信がありませんね。
最後だけいい人面しやがってと思いましたが、まあなんだかんだでメンタルを鍛えてくれたのでよかったかなと思いました。
そしてついに研究室最後の日になりました。
最後の日には研究室内でお別れパーティがあって、集まってピザやケーキを食べたりしました。
卒業するのは自分たちM2だけではなくて、出ていく教員もいたりD3で卒業する方もいたのでパーティの主役は教員やD3の方たちだったりして自分は目立たない場所で黙って食べてました。
が、一応就職の決まった後輩と話したり、自分の就職先の話をしたり、教員の連れてきた子供を眺めたりとかしていました。
この年になると仕事や結婚の話ばかりになってくるといいますがその通りですね…
ぼくも大人にならないとだめですね。
自分のデスクの片づけをしたりお世話になった人にあいさつしたり、そしてパーティの片づけを手伝ったりしているうちにだんだん自分がこれから出ていくんだなという感覚が湧いてきて、寂しくなりました。
いままでの人生でろくに別れというものを経験したことがなく…
普通は中学高校とかで経験してるんでしょうけど、僕は何度も書いた通りそういうのはなかったので…
ああ、この人たちとは今後もう二度と会わないかもしれないのか、いつも通っていたこの建物、この部屋とも今日でお別れかと思うと本当に悲しくて、でも人前で泣くのは嫌だったのでなんとかこらえました。
終電も近くなって、夜中まで残っていた研究室の仲間に最後の別れを告げて、研究室の建物から出て、セキュリティーカードがなくなりもう自力では入れなくなった研究室や仲間のことを考えて一人で泣きました。
家に帰ってからも大人げなく号泣してしまいました。
ほんとカスみたいな学生でごめんな~。
研究で何も成果残せないし、英語も全然しゃべれないし、コミュ障だし、使えない先輩だし、ケチだしビンボーだから一度も何か後輩におごったこともないし、でも、なかよくしてくれて本当にありがとうな~~~。
そして、4月からはついに社会人になります。
長かったです。ただでさえプラス3年しているうえ修士卒ですので、もう立派な?アラサーです。年取りたくないです。
ただここ数年で間違いなく僕は成長しました。
いろんな経験を経て、もちろんメンタル的にも?
中卒ニートがここまで来たと思えば我ながら立派なもんじゃないですか。
ただここ数日は、一応いい会社だとは思うけど、本当はブラックなんじゃないかとかいろいろ考えてしまって不安で仕方ないんです。
でも好きな業界の仕事ですし、また同じようにやっていけたらなと思います。
ブログももともと低かった更新頻度や中身がどうなるかわかりませんが、多分続けますし今後ともよろしくお願いしてほしいです。見てる人がいるんであれば!
頑張るぞ。
蓄膿の手術(内視鏡下副鼻腔手術)を受けました

これ知ってから慌てて作りました
(めんどくさかっただけ)

僕のおかげで救われる命があるかもしれない
今年の八月くらいに一週間ぐらい入院して、蓄膿の手術を受けました
3年くらい前に上の八重歯が虫歯治療の邪魔だからって抜歯して、そこに穴が空いて鼻の奥の方(上顎胴)と口が繋がってから蓄膿っぽい症状が出初めて、
その後穴は塞がったものの3年間くっさ〜い鼻水が止まらず喉に垂れてきて気持ち悪いし吐き気がするしで大変でした。
薬飲んだりもしてたんですが、全く良くならないので手術を決意。
全身麻酔で1週間弱入院とか言われて絶望、でも人生で一度くらい全身麻酔を経験しておくのも悪くないかな…と思い、ちょうどインターンで稼いだお金がそこそこあったし手術を受けることに。
お値段は保険とか負担限度額によると思うのでなんとも言えませんが自分の場合は入院代含めて10万弱くらいでした。
思ったよりリーズナブルで驚きました。
(しかも大学生向けの保険に入ってたんで保険金申請したら、それ以上もらえたんで結果得しました。おすすめです。)
タイミングとしてはお盆前があんまり忙しくなくていいかな〜と思いその時期に。
お盆まで働いてる医療従事者の方々には頭が上がりませんね…。
入院1日目
自分の入院する場所に案内される。
同室のおっさんがカーテン開けて覗いてきていやだった。
そこまで重い病気でもないし入院中暇かな〜と思ってSwitchとか3DS持ち込んで遊ぶ。
4人部屋なのであんまりガチャガチャやると怒られそうなのでアクション系は怖くてできない…
日課の妖怪ウォッチ1のガチャ引いたり(山吹鬼欲しい)とか入院前に買ったポケモンホワイトとかやってました。
あと割引してたので買ったファッションドリーマーとか。
2日目に全身麻酔するので夜ご飯の後から絶食。
病院食はなんだっけな。忘れたけど普通に美味しいやつでした。
別に食にこだわりはないので…
病院のシャワーと病院着を初体験。
着方独特で面白いですね。
環境が変わると寝れないタイプなので夜は寝れず。
同室のおっさんのいびきがうるさくてもう一人のおっさんが寝ながら文句言ってた。
入院2日目
絶食に加え、朝から絶水、お腹ぺこぺこ。
手術前から点滴。
点滴の針怖すぎね…?
なんか血とか逆流するし…
手術着は恥ずかしいですね。
パンツとか。
全身麻酔は意識がぷつっと切れて次の瞬間ベッドの上とか聞いてたんですが、自分の場合は特にそうでもなく普通に夢っぽいのみました。
自分が横になってる周りに何人か人間がいておしゃべりしているような…
葬式かな?
半分逝ってましたね…
手術の後は鼻にガーゼか何かを詰め込まれてて鼻呼吸ができない。
しんどすぎる!
口呼吸だけでこれから3日過ごすことになります。
これが1番地獄でした。
同じ手術を考えている方は訓練しておいた方がいいと思います。
どうやんねん。
口から血反吐がめっちゃ出ます。
地獄です。
苦しくて夜も眠れず。
母親が面会に来ていました。
尿道カテーテルみたいなのはするかもと言われていて、されたら恥ずかしいな〜くらいに考えていたんですが結局されず
身動きできなくて、おしっこをしばらくしてなかったので看護師さんがめっちゃ心配して尿器とかいうの持ってめっちゃチンコ触ろうとしてきました。
嫌だったので明日の朝まで我慢しました。
入院3日目
身動きが取れるようになっておしっことか行けるように、
ご飯も食べれるようになりました。
病院食美味しいですね。
全身麻酔の副作用か微熱があって気分は良くなかったです。
点滴も終わったんですが体に刺さった針はそのままで怖い。
入院4日目
3日目と変わらず。
病院食で焼きそばと米が同時に出た時はマジかと思いましたが美味しいのでいいですね。
久しぶりのシャワー。
最高です。
ベッドの近くにあった水道水ばっかり飲んでたんですが飽きてちょっと遠くにある、あったかいお茶を組んだりして飲み始めました。
お茶がうめえ〜。
入院5日目
鼻のガーゼが取れてすっきり。
鼻呼吸が可能になりまして神です。
ガーゼ抜く瞬間は痛いと聞いて身構えていたので耐えられました。
めっちゃ痛いです。
夜から鼻うがい開始。
やったことなかったので今田耕司さんみたいに上手くできずカオスになりました。
鼻血アホみたいに出てびっくり。
体調は回復したのでゲームとかはできるようになりました。
Switchのファミコンの新鬼ヶ島とかMOTHER2とか妖怪ウォッチのガチャ引いたりとかしてました。
面白いです。
入院6日目
点滴のハリが抜けて午前中に退院です。
親が車で迎えに来てくれました。
ありがたいですね…。
退院後は薬色々と鼻うがい。
鼻うがいは一週間くらいでプロ並みにうまくできるようになりました。
手術から数か月くらい膿はでましたが
半年くらいたった今はもう普通です。
もともと鼻水出る人なので
出るには出ますが
蓄膿の前に戻ったくらいの感覚。
くさいのは一切なくなりました。
おすすめです。
ここ一年で描いたもの+就活終わった話など
ぐえー気づいたら一年ブログ放置ですけど

落ちまくりの夏インターン
なついです

実在しないと思います


このコーハイは卒業しました

これマジ便利ですよね

サッカーって生であんまり見たことないので興奮しました

なめすぎ

うそつきー

やばいですよ

僕は正直者なんで・・・

ついでにアプッルとアゾマンとフェイブスックも

なんですか

やりました!
一つ前の記事見たら大学院復帰とか書いてあってウケるw
なんだかんだあってあれから一年たって
辞めることもとくになく二年目を迎えています
絵の記事と文字の記事を分けるか迷いますがめんどくさいのでここで近況報告もします
自分が研究室にB4で入ったころは研究室の特性上内部進学の先輩がおらずコロナ禍もあって同期もほとんど顔出さない人ばかりで何一つ楽しくなく
ザ研究室ぼっちでそのストレスを漫画にしたりしてたわけですけど
M1に上がってからは同期が増えたり愉快な後輩が入ってきたりでいわゆる普通の研究室っぽい生活が送れたのでよかったです
人間関係まじ大事ですね。
ただ自分が無能なのはかわらず研究や就活では相変わらず苦戦して
でもなんとかそこそこいい会社から内定をゲットして就活を終えれまして
このまま何事もなく卒業できれば無事社会人になれるわけですけど
就活の記録とかつけておこうかなと思います
後から振り返られるように、あと僕と同じでなんか行き詰ってる感じのクソ大学院生のための参考になるかなと思って・・・
自分もそういうブログとか参考に就活してましたんで・・・
見やすさとか全く考慮しないし文章力もめちゃくちゃだと思うんで
あと結構プライベートなことなんで
気分次第で非公開になったり公開になったりするかもですけど
そのへん詳しいところはぼかしながら行きますけど。
ぼくの経歴としては、
高校中退、多浪、関西の理系大学院生です
前2つがすごいネックですね。ただ就活中はあんまり気にされなかった気がします。
なのでこの辺気になる人は理系院生になるのがおすすめです。知らんけど。
コミュニケーション能力に問題があります
バイトサークル経験ありません
大学卒業まで友達とか0でした普通に
今は研究室内にまともに日常会話できる人間が数人います
そんな感じの人間です
スキルとしては英語とかプログラミングができました
でもそんな得意じゃないです。
キョープロとか最初のランクです。全然わかんないです。
英語はぼっち特有の時間だけある無敵状態を活かして勉強頑張ってトウイク高い点数取りました。
会話はできません。
資格は学部で勉強したことに関係する資格をM1の10月に一個取りました。
学部の授業内容のレベルでとれる簡単なヤツです。
でも履歴書に書けるのでなんか持っておくのおすすめです。
M1の4月
大学院やめる気満々だったので、大学院やめて就職したセンパイのブログとかあさってました。
そしたら逆求人から探すのがいいらしかったので、そういうサイトに登録していました。
研究内容とか使える技術とか書いておいたら、企業からその技術うちで生かせるよ!みたいな感じで声がかかるやつ。
自分はlabbase使ってました。おすすめです。
センパイのブログでもわりとおすすめされてたので・・・
受け身な人生を歩んできた僕にはちょうどいいですね。
ただ自分はそこまで特出した技術力とか研究とかしてないし学会発表とかないし論文とかろくに書いてもないので声はかかりませんでした。
5月~
大学院に復帰してふつうに就活始めました。
学内とかオンラインの就活イベントに参加しまくってました。
家にめっちゃ就活イベントのハガキ届くのでそれ片っ端から参加してました。
就活のことそれだけ何もわからなかったので。
忙しかったですけど、よくわからない人にはお勧めだと思います。
研究室の先輩に話を聞いたりもしましたけど、そもそも先輩の数が少ないのであんまり参考にはしてないですね・・・
あとは夏インターンの応募とか始めましたね。
内定直結するから参加したほうがいいよとかいうやつ。
自分の大学院には夏インターンの推薦とかあるのでそういうの見ながら応募してました。
あとは名前だけ知ってる有名な企業とかも受けてました。
志望動機なんてまともにあるわけないので普通に落ちまくりました。
一個だけ奇跡的に受かったやつがあったのでそれに参加することにしました。
受かった理由はワンキャリア見ながらES書いたからだと思います。
おすすめです。
丸パクリとかはだめですよ!
どんなことアピールしたらいいのかとか、学生のレベルとか参考になります。
8月9月
受かった夏インターンに参加してました。
関東の企業ですが、ほぼオンラインなので家でパソコンとかカタカタしてお仕事体験しました。
一週間くらい対面で関東に行く機会があって、楽しかったです。
(これで内定ももらえて安心だなとか余裕こいてましたが、勤務態度がよくなかったのかこのあと一切声がかからず普通に内定ももらえませんでした。)
10月~
研究室の先生がインターン否定派というか就活否定派だったのでインターン参加して研究さぼったことに対して激おこ
鬱になり、また大学院をさぼりますが、同期のおかげで復帰
同期の存在まじで感謝です。
いつか恩返ししないとな・・・
そのあとは冬インターンに応募したりしますが落ちます。
夏インターンに参加した企業に内定貰えた気になってたんで、うかれて就活は手を抜きまくってました。
ただ、このころ4月に登録していたスカウトサイトから声がかかって、面談とかもしてました。
研究でとある技術を使ってまして、それが活かせるらしく、あまり見ていない業界だったのですが、いいなと思ってその業界のことも見始めて、勉強し始めました。
こういうのはスカウトサイトのいいところです。
適性があったのかしりませんが結構その業界に関する勉強が楽しく、ノってきます。
2月~
早期選考とか本格的に始まりだすころで、
自分はまだ浮かれて就活は手を抜きつつ、ただだんだん夏インターンいったところにはフラれたんだなと気づき始め、
同期は普通に夏インターン経由の早期選考で内定をもらってたりしたので、
しかも25卒の内定率3割とかなんとか出てるんで、
内定ゼロの事実に焦りをいだきつつ、
去年スカウトを貰った企業と同じ業界の会社とかにエントリーを始めました。
その企業は関東の比較的小さい会社だったので、どうせなら同業界で、大企業で、関西にある会社がいいな(実家から出たくなさ過ぎて)と思ってその辺にエントリーしました。
そこが内定をもらって最終的に就職を決める会社になります。
運命です。
書類ではその業界に対する興味と、そこで生かせる技術力があること、それに向けて今頑張ってることをアピールしたら通りました。
どの業界でもそうなんだろうなと思います。
3月~
就職試験とか面接とかです。
就職試験はSPIとかコーディングとかいろいろでした。
SPIは参考書で練習したり、夏インターンとかで受けたりしていたので得意でした。
何回も受けてるとなれますし、普通に同じ問題が出ますよね。
何回も受けて練習するのがおすすめです。
玉手箱は意味不明です。
言語とか運ですよね。
CABテストみたいなのもあったな。
あれは難しいですよね。
過去問のアプリを入れてやりまくって対策しました。
コーディングは苦手だったので点数ひどかったです。
一応パイザとかで練習してたんですが、ひどいもんでした。
がなぜか通って面接まで行けました。
コードのコメントとかいろいろ書いておくといいんじゃないかな。知らんけど。
他の人のことを考えてコード書くとか変数名考えるとか。
M2の4月~
面接です。
面接はいわゆるよくあるガクチカとかなんとか話すんですが、自分の場合ひとつ得したなと思えることがあって、それが一番最初に書いた高校中退経験です。
高校中退して大学行く人って多分レアなんですよ
そこって結構突っ込みどころになるっぽくて、いろいろ突っ込まれました。
で、高校中退はマイナスな理由がありましたけど、それから頑張って大学に合格して、今は前向きに生きてますとか、適当なことを言っておけばなんとそこそこウケるんですよ。
これはたぶん誰にでも使える方法じゃないので、あんまりおすすめはできないですけど、ここが結構強みになって、やっぱり目立つポイントになって、面接合格とかもらえました。
高校中退した人や、多浪された方、あきらめないでください。
あ、多浪のぶんはむずかしいですね。自分はその間は漫画書いたり音楽やったりしてましたって言いました。(職種的にウケはよかったと思います)
う、うそじゃないですよ!!!全然伸びなかったけど!!!!
あと、バイトとかサークル経験とかなかったので無理やりへんなガクチカ考えなくてよかったのもいいですね。
トウイクがんばりましたとか一応ガクチカにしてましたけど・・・
5月~
無事イイ感じの企業から内定がでて就活終わりです。
おつかれさまでした。
大学院卒業できれば無事社会人です。
できなければニートになります。
以上です。
2月3月あたりは焦りがやばかったですが、
夏インターンでうまくいかなくても、
高校中退や多浪の経歴があっても
研究へたくそでも、バイトやサークルやってなくても
なんとかなりましたっていう例にはなるかも
とは思うんですが、
ひょっとすると自分では気づけてない強みとかあるかもしれないし
書き切れてないこともあるかもしれない
あんまり無責任なことはいえないので
参考にはしたりしなかったりしてください
やばい人は普通にあせって就活してください
以上です。
2,3,4月に描いたもの+大学の卒業に成功した話など

おもしろかったですね~バンドアニメ

またやりました。
え・・・ラフな会じゃないの・・・?
なんでみんな示し合わせたようにスーツ着てくんの(友達0人)

たくさんの新キャラが嬉しい!
描いた以上引かねばと思って一杯引いたらことごとく天井なんですけど・・・


三ヶ月のわりに数が少ない・・・
で、最近大学の卒業に成功した話ですけど・・・
割と重めの話しなので、お絵かき記事と分けるべきか迷ったけどめんどくさいし見ている人のこととか一切考えてないのでいいでしょ・・・
2月に卒論の提出と発表会があって、練習で教授や先輩にボロクソ言われてメンタルぶち壊したりしましたけど絵に描いたとおり無事発表会に(私服)で出て発表し、卒業することができました。
完全にお情けですけど・・・
院試の面接とかでもやらかしたんですよねこのみんなスーツの場で私服着ていくやつ・・・
ちなみにその後卒業式後の学位記授与式でもう一回やります。
まあ、スーツ着ていかなくても卒業とかできたんで・・・
社会人的にはアウトなんですけど。
で、卒論発表後は大学院進学が決まっていましたがメンタルぼろぼろだったので研究室休んで引きこもり、卒業確定でほっとして、やりたかったゲームとか全部やりました。
この間にやったゲームは
逆転裁判12346(5はプレー済み)
ドラクエ123,11
あとはガールズモードとかポケモンダンジョンとかモンハンとか・・・
3DSのeショップが終わるので直前にセールで安くなって買ったソフトいろいろとか、
中古屋に行っては適当に安いゲーム勝って遊ぶのが趣味みたいになっていました。
それでも積みまくってますけど。
高円寺女子サッカー3はなかなか、悪い意味で2016年発売とは思えないクオリティですごかったですね・・・萌ちゃんや瑠亜ちゃんが可愛いので全て許されますね。
あとはPSVITAのゲームをほとんど持ってなかったので適当に買いあさってみたり。
フリーダムウォーズというのがなかなか面白かったです。小型モンスターに人間を追加してとことんウザくしたモン○ンです。モンハンのいいところは人間が基本敵にならず、敵が人外で一貫してる所ですよね。
で、こんな感じで何もやる気が起きなかったのでほとんど引きこもってゲームして、卒業式は行かずその後の学位記授与式とか必要最小限大学に行ったりはして、4月、大学院進学は確定していたものの、研究室の雰囲気とかパワハラアカハラ気質に嫌気がさしていたのでもうやめてやろうかと画策、といいつつ就活とかは全くしていなかったので入学手続きとかだけすませてダラダラしていたらいつの間にか4月も後半、大学卒業後の就活ってどうやるんだろう・・・インターンとか?
とか色々調べている内に、なんか難しそうなことが判明
そもそも経歴に書けることが何もない・・・!
プライドだけは高いのでなんかいいところ就職できないかな~と探すも
高校中退、3浪、大学院中退で資格無し、インターンバイト経験なし、となんか色々終わってる経歴ではさすがに厳しすぎるんじゃないかと、現実見ろよという気持ちになり、就活を諦めおとなしく研究室に戻る決意をしたこの頃でした。
M1の間に何かしらインターン行って資格取ろうと思います・・・
履修登録をほとんどしていなかったんですが、ギリギリ期限前で登録し、留年はたぶん回避しました。
いっぱい怒られるだろうな~しんどいな~教授からのメールとか電話ガン無視してサボりまくったから。
まあ、ぼくがクズなんですけど。
11, 12, 1月に描いたもの
ポケモンやったり卒論書いたりテレビ見たりしてたら更新忘れてました。


ワールドカップ興奮しましたね!!!
テレビの前で絶叫していました。
4年後絶対優勝してください!!!!

寒いのでマフラーを巻いてみました。
僕は巻いたことないです。
首が強いので…

近所で家を解体してまして、本当に湯船だけ綺麗に残ってて、びっくりしたんですよ。
ああいうもんなんですかね?

久しぶりにクレーンゲームやって散財してしまったので腹立って描きました。
消さないでください。

お母さんのパソコンが遅くて、SSD換装とやらをやってみたんですが、恐ろしく早くなりましてびっくりしました。
調べたら、このネジ回して蓋外してパーツ取り替えて蓋閉めてネジ回すだけの作業、業者に頼めば何万(+パーツ代)とするそうです。
世の中そんなふうに回ってるんですね。

冬の厳しさを感じる時間です。

パソコン修理したらお小遣い貰えたので、買ってみました。ペンタブ。
ワコムの6000円くらいの板タブです。
スマホだと一週間とかかけて描いていたものが、ものの数時間で描けるようになりました。
作画スピード100倍になりました。本当です。
おススメです。

なんとかなりそうな気がしてきました。

ペンタブとパソコンのお絵かきソフトで描いてみました。
塗りつぶしツールすごいです!
ペンタブ関係ない?




マンガっぽいの描きたかったので、勉強して、マンガ描いてみました。
トーン貼るのしんどすぎるし、なんか潰れるしでやめたくなりました。
次からいつも通りカラーでやります…
言っておくと、ぼくは生物学科でも理学部でもないです。
知り合いにいるわけでもないです。
生物系の人との関わりといえば、大学入学したときのオリエンテーションで少し話したことがある、くらい、です。
なので100%妄想です。すみません。
ごめんなさい。
10月にかいたもの
今年もあと2ヶ月ですか。
がんばっていきましょう。
11月は色々楽しみなイベントがありますんで楽しみです。

合格したんですけど…

ユーチューブに載ってたイヤンノットっていう結び方したらマジで解けなくなって、超おすすめです。
いや〜ん

とりあえず10月感出そうと思ってカボチャとか持したんですけど。
だめですか。
9月にかいたもの
モンハンやってたら9月中に間に合いませんでした。
すみません。

学生の数より多いらしいです。




熱い漫画かきてえなあ…
ウマ娘で楽しみにしているのが、メインストーリー第2部です。
第1部でスペシャルウィークまでやったので、第2部はテイエムオペラオーから始まるのだと思っています。
ていうかそうであってほしいです。
2000年以降のストーリーのメディア化をそろそろあってほしいです。
第2部
第1章、テイエムオペラオー
第2章、エアシャカール
第3章、マンハッタンカフェ
第4章、シンボリクリスエス
で、
第5章にゼンノロブロイさんが来るんじゃないでしょうか???
来ますよね!?!?
楽しみですね!?!?
で、第6章(最終章)は…

慌ててかいたんで許してください